息子(=孫)の成長を楽しみにしながら、義父は他界した。


わたしの父は、自分の息子ばかりに重きを置き、わたしたち娘(女の子)は、眼中になかった。
女の子は、いずれ嫁に行くもの、可愛がってもしかたない、と、いつも言っていた。
わたしの子供たちは、外孫にあたるし、父には、なつかなかった。
昔人間である、厳格な父は、孫だからと目じりを下げることもなく、距離感があった。
が、父は決して冷たい人間ではないことをわたしはよく知っている。
うまく、子供たち(=孫たち)と理想的なコミュニケーションを取れなかった原因のひとつに、
わたしの努力のなさ、力の至らなさもある。

父も、子供たち(=孫たち)の将来を夢見る前に、この世を去った。


で、かんじんの親である我々は、育てることに必死だった。
アタマの古臭い古典夫は、家事、育児、子育て、家のこと、すべてはわたしに任せっきり。
そういう夫とわかっていて結婚したのだから、そんな夫を選んだわたしは、やるしかなかった。
そうとなれば、役割分担を徹底した。
義母、義父も喜んで大いに参加してくれた。
感謝して余りある。

末子が幼稚園に入った瞬間、わたしは第一次子育てから解放された。
自分で決めた。自分を解放した。
その後は、子育てと、自分育てを同時進行した。

子供たちも自立し、自分の子育てを振り返ると、光陰矢のごとし。
われわれの親たちからの、熱い、たっぷりの愛情を注いでもらったおかげで、今日がある。
とくに、子育ての指針は、親の影響大である。
同時進行の自分育ては、さてさて、どうなったやら????


わたしは、知らず知らずに、
あんなに嫌っていた、煙たがっていた親たちの生き方を踏襲しようとしている。
ただし、時代に対応させ、自分流の方法で。
なにも言わなくても、長い間に、伝わるものである。

さて、息子や娘たちは、どういう道を行くのか。
遠くから、あるいは、近くから、見守っていきたい???というものの???
わたしの生き方を背中から見ていることだろうと思うと、非常に複雑な心境になる。

 は、ブログタイムにあてている時間にコメントを書いていて、
ブログタイムすべての時間を使ってしまった。
(というか、昨日の自宅でのブログタイムはそう長くない、ブログ散歩を含めてアップ終了まで30分)

なので、自分のブログを更新できなかった。
電車の中で、自分のブログを読むのが楽しみの、限りなく不気味なわたしは、
昨日は、そういうわけで、電車の中での楽しみがなくなり、???ふーっとため息をつきつつ、
ぶつくさひとりごとを、行きの8つの駅を通過する間に、入力してアップした。
なので、ブログ村のバナーを貼り付けていない。

いま、読み返すと、???不気味である。
電車の中で、こんなこと入力して、なにが楽しい?と、自問自答。
たんなるビョーキと、軽やかに、爽やかに、受け止めた。
本とか持ち歩かないから、電車の中、退屈なもんで。