2015年09月



息子(=孫)の成長を楽しみにしながら、義父は他界した。


わたしの父は、自分の息子ばかりに重きを置き、わたしたち娘(女の子)は、眼中になかった。
女の子は、いずれ嫁に行くもの、可愛がってもしかたない、と、いつも言っていた。
わたしの子供たちは、外孫にあたるし、父には、なつかなかった。
昔人間である、厳格な父は、孫だからと目じりを下げることもなく、距離感があった。
が、父は決して冷たい人間ではないことをわたしはよく知っている。
うまく、子供たち(=孫たち)と理想的なコミュニケーションを取れなかった原因のひとつに、
わたしの努力のなさ、力の至らなさもある。

父も、子供たち(=孫たち)の将来を夢見る前に、この世を去った。


で、かんじんの親である我々は、育てることに必死だった。
アタマの古臭い古典夫は、家事、育児、子育て、家のこと、すべてはわたしに任せっきり。
そういう夫とわかっていて結婚したのだから、そんな夫を選んだわたしは、やるしかなかった。
そうとなれば、役割分担を徹底した。
義母、義父も喜んで大いに参加してくれた。
感謝して余りある。

末子が幼稚園に入った瞬間、わたしは第一次子育てから解放された。
自分で決めた。自分を解放した。
その後は、子育てと、自分育てを同時進行した。

子供たちも自立し、自分の子育てを振り返ると、光陰矢のごとし。
われわれの親たちからの、熱い、たっぷりの愛情を注いでもらったおかげで、今日がある。
とくに、子育ての指針は、親の影響大である。
同時進行の自分育ては、さてさて、どうなったやら????


わたしは、知らず知らずに、
あんなに嫌っていた、煙たがっていた親たちの生き方を踏襲しようとしている。
ただし、時代に対応させ、自分流の方法で。
なにも言わなくても、長い間に、伝わるものである。

さて、息子や娘たちは、どういう道を行くのか。
遠くから、あるいは、近くから、見守っていきたい???というものの???
わたしの生き方を背中から見ていることだろうと思うと、非常に複雑な心境になる。

 は、ブログタイムにあてている時間にコメントを書いていて、
ブログタイムすべての時間を使ってしまった。
(というか、昨日の自宅でのブログタイムはそう長くない、ブログ散歩を含めてアップ終了まで30分)

なので、自分のブログを更新できなかった。
電車の中で、自分のブログを読むのが楽しみの、限りなく不気味なわたしは、
昨日は、そういうわけで、電車の中での楽しみがなくなり、???ふーっとため息をつきつつ、
ぶつくさひとりごとを、行きの8つの駅を通過する間に、入力してアップした。
なので、ブログ村のバナーを貼り付けていない。

いま、読み返すと、???不気味である。
電車の中で、こんなこと入力して、なにが楽しい?と、自問自答。
たんなるビョーキと、軽やかに、爽やかに、受け止めた。
本とか持ち歩かないから、電車の中、退屈なもんで。



じつは、朝の指の運動に非常にいいのだ。
ピアノのレッスンのごとく。
しかし、同じキーをぱちぱち打つのでも、
この時期(かなり遅いが)、年賀状のデザイン?レイアウトをしなければいけないのが、憂鬱。
宛名を入力しなければいけないのが、さらに面倒。
今まで、和紙やらハンコをぺたぺた貼ったり押したり、手作業&手書きの年賀状で、
「まあ、なん邊間證券行好とアナログ!」と驚かれていたが、今回は、娘婿の指導もあり、パソコン制作に挑戦(の気持ち)。

間際になって、時間切れで、
かえって、時間のかかる手作業の年賀状にして、パソコン制作は、しないかも知れないが。
(年賀状自体も、「やめたやめた、もう出さない」と、放り投げるかも?)
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根っからの※アナログ人間は、アナクロ、時代錯誤、時代遅れ人間でもある。
(※アナログの定義からすると、こういう使い方、厳密にいうと誤用らしいです)わたしのブログは、gooさんで、開設以来、無料で使わせていた邊間證券行好だいている。
が、メールが来年4月から有料になる。
どケチなわたしは、無料のブログは、とりあえずキープしておいて、
有料メールは辞めて、goo以外のアドレスでメールをやりとりしようと思った。

昨日、年賀状作成ソフトの説明をしてくれた娘婿に、
ついでに、gooメール事情を話し、「他のところの、オススメのメールってある?」と、さりげなく聞いた。
すると彼は、あるところのメールを提案してくれた。
しかもそこは、無料にもかかわらず、有料になってからのgooのメールより、送受信容量が断然、何倍も多いらしいということ。
で、即、4月以降は、そこのメールに切り替えることにした。
今は、準備段階として、少しずつ、アドレス移行をしていこうと思う。
現在、ウエブ?クレジット決済、月次レポートに使っていたり、お遊び以外の使用も複数あるので、
あっちこっち切り替えるのが、いささ邊間證券行好か面倒だが。
これも、だただた、どケチ根性が、自分の首を絞めている。


で、娘婿の提案してくれたメールが、いかに良いか、便利か、ということを説明してくれたのだが。
途中から、どうしてもわから、考えれば考えるほど、頭が痛くなってきた。
自分のメールアドレスに、まったく同じアドレスからメール送信すると、インターネット上の保管箱のようなもので、
保管でき、どこからのどの端末からも引き出せて、便利だそうだ。
なんで、同じアドレスから、同じアドレスに送るのかが、どうもはっきりわからない。
彼は、赤チャンか、幼児か、サルに教えるように、非常にわかりやすく説明してくれ、その説明は大変よくわかった。
が、どこかが、わからない。
もやもやっとしている。
でも、あまり深く煮詰めると、ますますわからなくなってくるし、生返事で、2~3質問をしたものの、
彼らが帰った後、深夜の3時近くまで延々と、一人で取り組んでいたが、力尽きた。



全部仮定であって。
全然違うかもしれないけど、、

???すっごく武士っぽい忍者もいるし、
忍者~~なんだけど根の部分は迪士尼美語 世界武士???って人もいる


「おさむらい」であれ「しのびのもの」であれ

両者の共通点は「日本人」
お侍さんにも、忍びの者にも、桜の祝福を!
2015-08-13 Thu 06:53
日本人は「武士」と「忍者」がいると思う。
んで、悪もいるし善もいる


武士は正々堂々として、身分が最上位だ
士農工商、の一番上だし。

忍者はこそこそしている。
正々堂々の逆で、卑怯なことをして生きている。
もともと、忍者はエタ?ヒニンと呼ばれる最下層の人間たちが、上の人間???偉い人に頼まれて諜報作業をする、暗殺をするということを生業とする職業で、
それらの技術が高くなっていって「忍術」として完成、
忍者というものになったのだ。


だからと言って、武士=善、忍者=悪とは限らない。
というか「完全なバランスを保っている」と思う。

悪武士はとことん悪だし、善忍者は人を思いやるために他人を立てて自分を出さない
???などがあるだろう。


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他のある方がご推薦されているエッセーを読ませていただくと、
とても優しい、でも、芯はしっかり、奥深い、理想的なものだった。
かつん、かつん、ごつんごつん、と、あちこちに、ひっかかったり、キーンと金属音が響いたり、
突然、地雷を踏んだように毒気に当てられたりい、安心できる、おおらかな、ゆったりとした文章。
人間の幅、こころの広さを感じさせるような。

おそらくわたしは、一生無理だろう。
わたしは、「Why?]の姿勢。
なぜ、そうなの? なぜ、そうしなければいけないの? なぜ、そうと決卜維廉中學め付けるの?
子どもみたいなものだ。

その理想的なエッセーは、大きな、何もかもを優しく包んでくれるお母さんのようなテイスト。
わたしとは、まさに正反対。
自分も、こういう人、性格、人格ならいいだろうなあ???と感じる。

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